ふれあい広場  2019
 かまくらある記 2
№114

 top    index           

「おくの細道」の旅
ひろいある記
(11)象 潟(きさかた)

会員:久保 七郎 

 
現在の象潟
もともとここは、象潟=象の様な潟の中に島々が点在し日本海側の『西の松島』と称されたところ
 おくの細道」最北端の地、秋田県 にかほ市 象潟町(きさかたまち)は
鳥海山が西に向かって広げた裾野が日本海の波に洗われて
起伏の多い地形が形成された静かな海岸景勝地である

 酒田から吹浦まで二十数キロの海岸は、鳥取・茨城と並ぶ日本三大砂丘の一つで
羽越本線と並行する「おばこおけさライン」で新潟につながっている
吹浦からさらに二十数キロ北上して漸く象潟に到着する
何故か寂しげな雰囲気が象潟の第一印象だった

 象潟は、能因の「世の中はかくてもへけりきさ潟の~」や
西行の「きさがたの桜は波にうずもれて~」などの歌枕で
芭蕉が松島とともに訪ねたいと執心した地だった

 (西行法師が『象潟の桜はなみに埋もれて花の上こぐあまの釣船』と詠んだ)
芭蕉が当地を訪れた当時は
日本海に面し九十九島、八十八潟の景勝が称えられ
紀行文にその感動を
「俤(おもかげ)松島にかよひて、また異なり 松島はわらうがごとく
象潟はうらむがごとし~」と記し
松島と象潟を対比した文学的表現で印象を伝えている

太平洋に面する松島の明るさと、灰色の日本海を向かった象潟との違いを
陰と陽に詠み分けた芭蕉も、象潟には寂しさと悲しみの情感を味わったのではなかろうか

 大変残念なことに
芭蕉が訪れた115年後の大地震で一夜にして
地面が2.4mも隆起して陸地化してしまい
島と潟の織り成す史跡名勝天然記念物「象潟」の往時の面影は
田園地帯に点在する大小の丘陵と、その頂きを飾る松の緑に昔の姿を偲ぶのみである
駅前の芭蕉文学碑
 象潟駅前の右奥に芭蕉文学碑があり
「象潟や雨に西施が合歓の花」ほか2句が刻まれていた
西施とは、中国の歴史上に残る三大美人の一人だったが
近眼のために目を細めて首を傾ける癖があり
その仕草が優雅だと評判になり諸人こぞって真似をしたとの伝説があり
芭蕉はこの故事を合歓の花に掛けて句に詠み込んだ洒落た作品のようである

 芭蕉が宿泊した能登屋跡の近くに
象潟における芭蕉の3日間の動静を示す大きな絵図が掲げられ
初日は向屋、2日目は能登屋に泊まったなどと、世話になった家々の跡地に説明板があったが
建物などに昔の面影を残すものはない
 芭蕉も訪れた神功皇后ゆかりのかん満寺には
「象潟の雨や西施がねぶの花」
という初案の句碑と芭蕉像があり
合歓の木が植えられている

* 「蚶満寺」(かんまんじ)
象潟川の欄干橋のたもとに船つなぎ石があり
芭蕉は、ここから船出して島巡りをしたという
欄干橋から九十九島を前景にした鳥海山の眺めは象潟八景の一つといわれ
建物陰に山容が迫り間近かに見える