ふれあい広場  2019
 かまくらある記 6
№119

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「おくの細道」の旅
ひろいある記
(12)越後路(えちごじ)

会員:久保 七郎 

 
文月や六日も常の夜には似ず
(ふみづきや むいかもつねの よにはにず)

 山形県境の鶴岡市鼠ケ関(ねずがせき)から富山県境の糸魚川市市振(いちぶり)まで、日本海沿いに続く新潟県の道路延長は500km近く、普通に歩けば2週間以上を要する旅程であるが、芭蕉の紀行文はごく簡潔で、要約すれば
 「酒田の名残を惜しみ、金沢までは130里と聞き、鼠ケ関(ねずがせき)を越えて越後の地を歩き、9日かけて越中の国市振の関( いちぶりのせき)に到着。」と、僅か数行の文章
に2句を添えているのみ。

 馬や駕籠の利用でも夏の日盛りを連日の街道歩きで心身共に疲れ果てたのか。著名な歌枕の地を巡り豪商や文人墨客との交流を満喫してきた翁にとって、詩情に乏しく友人知己の少ないこの地の旅が苦痛だったのかも知れない。

 にわか仕込みの似非(エセ)俳人は蕉翁の早歩きに倣い、地図とガイドブックを片手の街道歩きは大幅に省略し、バスと列車を乗り継いで史跡・名勝をカメラに収めながら越後路を2泊3日で走り抜けた。
 海岸沿いの街道筋には芭蕉の句碑や案内板等も有り、日本海の荒波に揉まれた岩礁や素朴な漁村など映像映えのする魅力的な素材が多く予想外に楽しめた。

 
 
 村上市には芭蕉師弟が2泊3日逗留したとされる宿屋跡があり、同好の士らしき数人と行く先々で鉢合わせをして親しくなり手持ちの情報を交換した。

軒下に吊り下げた新巻きサケ
当地の習慣か市内各所の民家の軒下に新巻きサケを吊り下げた素朴な風景が珍しく、ホテルのロビーから眺めた日本海に沈む夕陽の美しさは、日ごろ見慣れた湘南海岸の光景とは別の新鮮さがあり感動した。
 新発田市には新発田城をはじめ国指定名勝の清水園などの施設も整備され、観光地としても見るべきものが多かった。
芭蕉がこの地を訪れたのが元禄2年7月、赤穂浪士の吉良邸討ち入りは、それから13年後の元禄15年の出来事だが、浪士の一人堀部安兵衛は当地の出身として観光ルートで紹介されていた。
「少年期の彼が芭蕉と遭遇する機会があったかも」などと勝手な想像を巡らすのも、この旅の面白みでもある。


 
弥彦山頂
  越後一宮の弥彦神社の境内では福島の二本松と並び称される菊祭りが盛大に開催され、大勢の参拝者で賑わっていた。
 ロープウェイで弥彦山山頂に上って快晴の日本海を見渡し、はるか彼方にうっすらと佐渡島を展望することができた。この地の作品「荒海や佐渡に横たふ天の川」は金山と流人の島に対する芭蕉の哀歓が込められた名句とされているあり、これが越後路の記述の簡略さにつながったとの説が一般的のようである。

次回 「おくの細道」の旅ひろいある記(13)を お待ち下さい