ふれあい広場  2019
 かまくらある記 10
№122

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「おくの細道」の旅
ひろいある記
(13)市振(いちぶり)
新潟県糸魚川市(旧・西頸城郡青海町)

会員:久保 七郎 

宿場・市振の外れの「海道の松」

 小学生の頃、初めて連れて往かれた海水浴場が能生海岸だった。長野から信越線で直江津に出て日本海の荒波を見た時の感激は今でも忘れられない。千曲川の急流で覚えた泳ぎで自信をもって臨んだ初体験は、対岸の見えない海の広さに恐怖を感じ、砂浜に座って兄たちの波乗りに興ずる姿を傍観して終わった。
 
 直江津から始めた今回の旅は、60年余を経ての追憶を辿る旅でもあった。しかし現状は全くの様変わりで、能生から糸魚川・名立・親不知・市振と続く国道8号沿いには、競うように豪華な「道の駅」や観光・遊園地が立ち並び、マイカー族相手に豊富な海の幸と遊覧の場を提供し、記憶に残る往時の素朴な漁師町の面影は消えていた。柏崎辺りで予定した宿の手違いから不快な思いをした芭蕉が、仏頂面で辿ったであろう海岸沿いの道も、いまは車と案内板を使いながら観る・食べるを楽しめる快適なコースに変わっていた。
  
 
 古くから難所として知られた「親不知・子不知海岸」は、新潟県青梅町から富山県境の市振へと約15kmも続く海岸で、北アルプスの北端が400mほどの高さで日本海に落ち込む断崖絶壁となり、昔の旅人は断崖と海との僅かな岸辺を、波の合間を縫って通り抜けるのが精いっぱいで、親子でも相手を気遣う余裕がないことから「親不知」と呼ばれるようになったとされている。現在この区間には、国道8号のほか北陸自動車道、JR日本海ひすいライン、北陸新幹線の4路線が山肌に張り付くように上下左右に並走し、仕事で何回も通った列車の旅では難所の面影を想像しながら一瞬で通過するのが常だった。  

 
 今回は初めての親不知海岸踏査と意気込んで臨んだが、さすがに天下の名所旧跡とあって観光客向けの環境整備が行き届き、国道8号沿いの「天険コミュニティ広場」から案内板にしたがって1時間足らずで波打ち際まで往復できた。少々拍子抜けの感はあったが、波打ち際にはほとんど歩行の余地は無く、命がけの難所だったことは想像できた。


一家に遊女もねたり萩と月
 親不知の難所を越え疲れ果てた芭蕉が泊まった市振の宿で、伊勢参りに向かう越後の遊女二人と隣り合わせの部屋に泊まり「一家に遊女もねたり萩と月」と詠んだ。
 紀行文には遊女が語る身の上話に同情の涙を流すくだりがあり、謹厳実直な芭蕉の文中で唯一の艶っぽい話題とされるが、文脈にアクセントを付けるための創作との説もあるらしい。

 
市振の宿「桔梗屋」跡

次回 「おくの細道」の旅ひろいある記(14)を お待ち下さい